林 真琴氏(茨城県企画部 技監)コラム

2014年〜2015年

茨城県企画部で技監を務めている林眞琴です.元は鞄立製作所機械研究所で 構造強度信頼性に関わる研究開発を担当していました.8年前に茨城県に転職し, 日本原子力研究開発機構と高エネルギー加速器研究機構が共同で建設した大強度 陽子加速器実験施設(J-PARC)の物質・生命科 学実験室(MLF)に茨城県が産業利用 のために整備した「材料構造解析装置(iMATERIA)」と生命物質構造解析装 置(iBIX)」 という2台の中性子回折装置の運営を統括しています.これからそれらの装置や 産業利用の現状などをご紹介したいと思います.


大強度陽子加速器実験施設(J-PARC)には3段の加速器(400MeVリ ニアック, 3GeVシンクロトロン,50GeVシ ンクロトロン) があります.水素イオン源で発生させた プロトンを400MeVリニアックと3GeVシ ンクロトロンで光速の97%まで加速させ,水銀の ターゲットに入射させて中性子を発生させます.この中性子は高速中性子であるため, 液体水素のモデレータでエネルギーが4~80meV程度の熱・ 冷中性子に減速させて中性子 実験に利用します.ラボX線のエネルギーは6keV程度です. 実験に使う中性子のエメルギーは5~6桁低いため,ラボX線よりもかなり安全です.


材料構造解析装置(iMATERIA)は新機能性材料の開発を目的 とした汎用の回折装置です. 試料で散乱(回折)し た中性子を1,500本を 超える非常に多数の3He検出器で検出するため, 非常に短時間で高精度に解析することができます.機能としては,粉末回折と小角散乱,広Q測 定, 集合組織の解析ができます.粉末回折の場合,J-PARC/MLFの加速器出 力がフルパワーの1MWになれば, 1cc程度の試料を3~5分 で解析することが可能となります.現在は,ハイブリッド自動車や電気自動車 などに利用されるLiイオン電池の正極材料の解析が盛んに行われ ています.


生命物質構造解析装置(iBIX)は創薬に繋がると期待されるタン パク質の結晶構造を解析することを目的に 建設した単結晶構造解析装置です. 創薬のためには,病原体であるタンパク質の活性部位である水素や プロトン,水和構造を把握することが必要ですが,中性子は水素などの軽元素に 敏感であるため,それが 可能です.ただし,膜タンパク質のような分子量が30万を超えるような結晶が 対象となりますが,このように 分子量が大 きいタンパク質の単結晶を1mm3程度まで成長させることは極め て困難です.そのため現状では, 分子量の比較的小さい酵素や,化学反応を促進 する触媒となる金属錯体,有機分子の構造解析に利用して いただいています.


J-PARC/MLFは学術利用と産業利用を車の両輪として推進し,産業利用の比率を20~30%と することを約束して財務省から建設予算を 認可して貰いました.放射光であるSpring-8は 1997年に供用を開始しましたが,なかなか産業利用が広がらず,産業利用コーディネーターを 増員し,トライアルユース制度を3回も繰り返した結果,2004年にようやく産業利用課題の 採択率が20%に達しました.J-PARC/MLFでは産業利用のために整備した茨城県のiMATERIAが 最初から供用開始したため,産業利用比率が高く,2008年から 2014年まで通して約30%となっています.


仕事の話ばかり続けました.少し仕 事か ら離れて趣味の話をしたいと思います. 柄に似合わないと思われるかも知れませんが,実は中学, 高校,大学とも音楽関係のクラブに所属していました. 中学では美人の音楽教師であった高橋久美先生にピアノと打楽器の指導を受けまし た. 高校は混声合唱部,大学はグリークラブでした.高校2年生と3年生のときの文 化祭ではカンツォーネや歌曲などを数曲唄いました. そういうこともあり,多少カラオケは上手いと自分では思っていましたが,家族には ボロクソに言われています. 最近は自分でも下手になったと自覚しています.


大学生の頃,兄が当時3.5万円くらいだったと思いますが,ソニーのSTR200と いう総合アンプを買ってくれました. お金ないのと下宿の皆さんに迷惑がかかる ということでスピーカーなしでヘッドホンで聞いていました. 大学院に入ってから,どうせ自分で返還するのだからという理由で,奨学金 を貰っていることを親に内緒にして,当時のオープンリール方式では高級に属するソニーのTR9400を 購入してAir checkしていました. なんだかんだとテープが200本近くになった と記憶しています.


話は前後しますが,中学生の頃から頒布会を通してクラシックレコードを 購入して 小さな卓上型プレーヤーで聴いていまし た.Air checkを初めてからも オーソドックスな ところで,ベートーヴェン,ブラームス,チャイコフスキーなどを主として録音していました. 指導教官が音楽好きで2週間毎の定例打 合せのあと音楽談義になるのですが,モーツァルトが 分からなければ一人前ではないと何度も言われました.後期の交響曲やピアノ協奏 曲, ディベルティメントなどには確かに良い曲があると思いますが,全体的には偏見でしょうが, 宮廷音楽の域を出ないと思っています.


昨年11月に神戸でオーボエを吹いている友人と音楽談義をして非常に楽しい時間を過ごしま し た. ベートーヴェンの交響曲では, 第9番「合唱付き」 は確かに素晴らしい曲であることには間違いありませんが,個人的には第3番 「英 雄」が一 番好きです. ナポレオンに捧げたものの,彼が本当の英雄ではないと捧げることを撤回したことは有名です. 英雄がトップの座に着くまで の生涯を4楽章で起承転結 させる抑揚感の素晴らしさはこの上ないもののように私には思われます. 第2楽章の葬送行進曲で抑制された感情を表したあと,第3楽章で障害を乗り越えて立ち上がって行く様子を,そして第4楽章で栄光の座についた 高揚 感を表す,あのドラマチックな音の流れほど素晴らしいものは ありません.


ベートーヴェンのほかの交響曲では 第5番「運命」も,第6番 「田園」,第7番も素晴しいと思います. 神戸の友人は「合唱付き」は別格として「田園」が好きだと言っていましたが,正しく田園風景を 音のきらめきで表しているように思えます. 管楽器の使い方が非常に巧いと思います. 第7番は上野樹里主 演の「ノダメカンタービレ」で竹中直人が指揮していました. あれで第7番の良さが世間には伝わったと思いますが,一方で,個人的には第7番の評価を下げ てしまったと思っています. 何にしてもベートーヴェンの場合,交響曲のそれぞれに 強い個性があるのが良いと思います.


都立大学の教授をされていた児玉昭太郎先生が亡くなられたときに音楽葬 が執り行われました. 児玉先生とは何度もご一緒 に飲みましたが,音楽の話をしたことがありませんでしたので意外に思いました. それは兎も角として非常に厳かな雰囲気で先生を送るには大変良かったと思います. 私も音楽葬にしたいと思っています.流すのは,チャイコフスキーの「弦楽セレナード ハ長調作品48」と ドヴォル ザークの「弦楽セレナード ホ長調作品22」,ベートー ヴェンの交響曲第3番「英雄」,そして ドヴォルザークの交響曲第8番です.


指揮者にも拘わりがあります.ベートーヴェンやブラームスであれば,やはり カール・ベー ムのウィーンフィルか,ベルリ ンフィルでしょう.カラヤンが好きと言われる方も多いかと 思いますが,個人的にはええ格好しいとしか思えません.無論,ほかの指揮者を比べるとダン トツに素晴らしいと思いますが,やはりベームが一番です.これにはカラヤンが1980年 代に 録音したものが余りにもひどかったことが影響しています.誰しも歳とともに曲の理解の仕方 が変わるのは已むを得ませんが,カラヤンの1980年代のものはその前後の演奏と 比べると一体 何なのと言いたくなるようなものであったと思っています.


Easy listening的にはブルーノ・ワルターのコロンビア交響楽団の演奏は良いと思いま す. コロンビア交響楽団はご存知かと思いますが,CBSレコードが録音用に作った 楽団です. ワルターはフルトヴェングラー,トスカニーニとともに「三大巨匠」と称された指揮者です. Easy listeningというのは語弊 があるかもしれません.Wikipedeaに依れば”夢 のような 幸福感に満ちた美しい演奏,感情を抑えた中庸な音楽”とのこと.その通りと思 います. ジョージ・セルのクリーブランド管弦楽団やエウゲニー・ムラビンスキーのレニングラ−ド・ フィルのような重厚感がな いのが良いと思います.


レナード・バーンスタインのニュー ヨークフィル,小沢征爾のボストン交響楽団,ゲオルク・ショルティのシカゴ交響楽団 も良いと思います. 好みで申し上げると,バーツラフ・ノイマンのチェコフィルが良いですね. 特に,地元の作曲家であるドヴォルザーク の演奏は素晴らしいと思います. 交響曲第8番と第9番 「新世界」, それに前述した「弦楽セレナード ホ長調作品22」は特筆に値 すると思います. やはり民族の血が生きてくるのでしょう.同じチェコスロバキア人であるカレル・アンチェル指揮のチェコフィルも良いと思います.


ピアニストについても一家言 があ ります. 大学生の頃まではオーソドックスにエミール・ギレリスやバックハウス,ケンプ などを聴いていましたが,Air checkをするようになって好みが変わって行 きました. その最たるのがグレン・グールドでしょうか. バッハの平均律クラヴィーア集であったと思いますが, 思い入れたっぷりの多少粘っこい演奏でしたが,とても味のある演奏でした. しかし,演奏中に何か雑音が聞こえます. 後で分かったこと ですが,その雑音というのはグールド自身が独り言を喋っているものだそうです.


11月中旬にNHK-FMの朝の番組でグールドがストコフスキー指揮のアメリカ 交響楽団を相手にベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」を弾いて いるのを聴きました.これが秀逸でした.これほど心に響く「皇帝」を 聴いたことはありませんでした.ピアノは叩けば音は出ます.誰が叩いても 同じような音が出ると思われるでしょうが,これが演奏者によってもの凄く 違います.単にキーを叩くのではなく,キーを押 し込む指先のタッチ(リズム) に微妙な差があ るのです.グールドの場合,押し込む瞬間がオケよりも0.02秒 くらい遅いよ うな気がします.最近,ある友人にグールドを紹介したら, 彼曰く,グールドは泣かせるね!と言っていましたが,正しくそういうことです.


他にも好きなピアニストはいます. アレクシス・ワイセンベルクです. ワイセンベルクのタッチは絶妙です.非常にキレの 良いシャープな音を出します. ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」, チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番,ショパンの ピアノ協奏曲第1番,第2番は優れもので す.グールドとは随分と違った趣があります.ショパンのノクターンやバラード,スケルツォというような曲でも味のある演奏をします. 一度,グールドとワイセンベルクを聴き比べてみてください.


もう一人好きなピアニストを 挙げ たいと思います. それはフジコ・ヘミングです. ご存知の方が多いと思いますが,無名で あった彼女をNHK-TVが1996年 に取り上げた のがきっかけで大ブレークしました. 彼女の演奏でお気に入りは2曲あります. 1つはリストの ラ・カンパネラです.これだけ人の心に響くピアノ演奏はないのではないでしょうか. グールドとは違った意味で泣かせる演奏です.もう1曲はリストのピ アノ協奏曲第1番です. ただ し,一緒に演奏しているのはオーケストラではなく弦楽六重奏です. オーケストラとは違った非常に味のある演奏です. なお,ベートー ヴェンのピアノ協奏曲第5番は全くいただ けません.


ヴァイオリニストについてはやは りイ ツァーク・パールマンでしょうか. 昔は,20世紀を代表するヴァイオリニストで「ヴァイオリニストの王」とも称され た ヤッシャ・ハイフェッツが良かったと思います. 特に,フリッツ・ラ イナー指揮シカゴ交響 楽団と のチャイコ フスキーのヴァイオリン協奏曲やブラームスのヴァイオリン協奏曲は良かったと思います. ハイフェッツの時代にいたヴァイオリニスト達 は,彼の神懸かり的な演奏のために非常に苦労して,例外なくハイフェッツ病に罹ったとイツァーク・パールマンは 語っている とのことです.


ヘンリク・シェリングのヴァイオリンも良いですね.バッハの無伴奏ヴァイオリンのための パルティータは「良い仕事をしてますね」と言いたいような職人芸の演奏です. 使用している楽器は1743年製グァル ネリ・デル・ジェス「ル・デューク」だそうで,アントニオ・ ストラディヴァリやバルトロメオ・ジュゼッペ・グァル ネリ・デル・ジェスでなくても良い音を 出すことができるのですね.


ヴァイオリニストの中で最も 好き なイツァーク・パールマンは,20世紀における最も偉大なヴァイオ リニ ストの一人と評価されており,演奏においてのみならず,教育者としても高く評価されているようです. 使用している楽器はストラディヴァリの黄金期に製作された1714年製ストラディ ヴァ リウスのソイルです. 音程が完璧に制御された演奏をこなし,暖かで繊細,豊麗なメリハリの効いた引き回しが彼の演奏の特徴です. レパートリーは極めて広く,三大協奏曲は 無論のこと,ソナタのみならず,フ リッ ツ・クライスラーなどの小品集でも素敵な演奏を聴かせています.


昨年の11月中旬にNHK-TV月曜日のプロフェッショナルで後嶋みどりの紹介がありました.五嶋みどり は 1980年12月31日に11歳で,ズービン・メータ指揮のニューヨーク・フィルとパガニーニの「ヴァイオリン協奏曲 第1番」を演奏して米国でデビューを飾りました.日本でもニュースになり,「天才少女デビュー」とセンセーショ ナルに報道されました.1986年にはレナード・バーンスタイン指揮のボストン交響楽団と共演したタングルウッド 音楽祭で「セレナード」を演奏中にヴァイオリンのE線が2度も切れながらヴァイオリンを取り替えて演奏を完遂 するという「タングルウッドの奇跡」を演じています.その五嶋みどりは個人的には高く評価していませんでしたが, 11月のNHK-TVを見て驚きました.技術的にも芸術的にも非常に素晴らしかったと思います. どうも日本人演奏家に対して評価が厳しい傾向にあるようです.見直しが必要です.